【世界一周した方の本】医師・中島侑子さんとリーマントラベラー東松寛文さん「旅は新しい選択肢を教えてくれる」

勇気をくれた本

旅が好きです。特に海外を旅することが大好き。

この15年ほどは海外に行くような余裕は心身ともにありませんでしたが、2018年後半から、また旅への憧れが強まっています。

手に取る本も旅関連が多くなっていて、その中で、タイプの異なる2人の著者が、同じようなことを書いていらっしゃったのが心に残りました。

それは、「旅は選択肢を広げてくれる」ということ。

旅が教えてくれること「世界には多様な選択肢が広がっている」

1冊目は、研修医修了後、世界一周の旅をし、3年間で52ヶ国を訪れた医師・中島侑子さんの本『医者のたまご、世界を転がる。』です。

人は自分の知っている選択肢しか選ばない。

旅によって選択肢が広がる。

世界のいろいろな場所で、日本の常識をはるかに超えた出来事に出会った中島さんの旅のお話は、驚きと感動でいっぱいです。

そして医師ならではの悩みと葛藤は、ドラマのようです。

 

もう1冊は、サラリーマンを続けながら、世界一周を実現した“リーマントラベラー”東松寛文さんの本『サラリーマン2.0 週末だけで世界一周』

圧倒的な行動力と好奇心で世界中を旅し、しかもその日程がほぼ週末という恐るべき体力の持ち主、東松さんは、そのお人柄も「愛されキャラ」なのではと思います。

その後、東松さんの講演会に行った話はこちら

「自分らしい生き方」を見つける3つのステップとして、東松さんは書いていらっしゃいます。

  1. 「生き方の選択肢」を知る
  2. 「自分らしい生き方」について本気で考え抜く
  3. 「自分らしい生き方」を自分に対して証明する

おふたりとも本に書かれている旅は20代から30代のもので、50代の私が今マネすることは到底難しいスタイルではありますが、旅というものへの考え方感じ方はとても共感できました。

海外を旅したことのある方には経験があると思います。

日本で生活している中で「当たり前」と思っていた「常識」を、旅に出て出会うモノゴトによって根本から覆された経験が。

私も、生まれて初めての海外だったアメリカ、大学卒業旅行のヨーロッパ、そして2年間暮らしたインドなど、海外で出会う風景や出来事からたくさんのことを学びました。

今、改めて思うのは、日本に生まれ育った自分には、もともとたくさんの選択肢が与えられていたということ、そして世界にはさらにたくさんの選択肢が存在するということです。

日本人はたくさんの選択肢を持っている

現代日本に生まれた私たちは、すでにたくさんの選択肢を持っています。これは、以前読んだ、ちきりんさんの本『社会派ちきりんの世界を歩いて考えよう!』に書かれていたこととも重なります。

 豊かな人生というのは、希望や自由や選択肢のある人生

現代日本に生まれたというだけで、すでに手にしている希望、自由、選択肢があります。

今、苦しい毎日を送っている人には実感が持ちにくいことかもしれません。

でも、少なくとも銃弾に怯えることなく暮らすことができ、6、7歳から学校に行けて、ご飯を食べたり友達と遊んだり、あるいは人間関係や進路に悩んだりできます。

私が以前住んだインド・ムンバイには、たくさんのストリートチルドレンがいました。

私たちの乗った車が信号で停止すると、花で作った首飾りやクジャクの羽を持って窓を叩きます。

子どもだけではありません。売るものがない人は、食べ物を口に運ぶ仕草をしながらこちらをじっと見ます。

道端に敷いた薄い布の上に赤ちゃんが寝かされているのを見たこともあります。

そんな人々を見て思いました。

この中にも素晴らしい才能を持った子どもがいるかもしれない。でも彼らは、その才能を見出す機会も与えられず、今日を生きるのに必死なまま、半径数百メートルの生活圏の中で一生を終えてしまうのかもしれないと。

どちらが幸せとかそういう話ではありません。

選択肢があるかないか。

そう考えると、私たちは圧倒的に選択肢を持っています。

もしかすると

「選択肢なんかなかった」

「学校に行かなければいけないから行っている」

「就職しなければいけないから会社に入った」

という人もいると思います。

「日本の社会では常識だから」すなわち「選択したわけではない」という人もいるかもしれません。

でも、本当にそうでしょうか。

どの学校に行くか(もしくはどんな学び方をするか)、どの会社に入るか(もしくは会社員に限らずどんな働き方をするか)は、自由意志で決められるはずです。

 

今、日本で暮らしている人の中には、選択肢があることにさえ気付かず苦しんでいる人も多いように思います。

「べき」「しなければならない」に囚われたり、「常識」という足枷をはめられて、目の前の状況を変える選択肢が「ない」と思い込んでいるのです。

私もかつてそうでした。

「どうすることもできない」「どうすればいいかわからない」と長いこと思い続け、絶望に近い状態で過ごした時間もあります。

しかしよく見まわしてみれば、あるいは勇気さえ持てれば、選べる道は他にも見つかるかもしれません。

世界にはさらにたくさんの選択肢がある

さらに一歩海外に出てみれば、日本の常識が必ずしも世界の常識ではないことに気付きます。

世界は多様な価値観に彩られています。

それらを知ることで、悩みから解放され、もっと豊かで自分らしい生き方を選べる可能性もあるのです。

物事を見る視点は実際には無限にあるのに、自分の立場からしか認識できないということは起こりがちです。

本当に単純なことですが、例えば東京にいて「寒い冬の朝」と無意識に認識している、同じ瞬間、リオデジャネイロでは「蒸し暑い夕方」です。

日本で「普通、これはこうでしょ」と思われている「普通」が、海外ではそうではないこともあります。

日本の銀行では札束は紙の帯できれいに束ねられていますが、インドではお札は太いホチキスで束ねられていました。インド人はお札にメモもします(数年前からホチキスは「やめましょう」という動きもあるようですし、日本のお札にもたまにメモが書いてあることはありますが)

日本で大学生といえば18歳から24歳くらいまでが大半でしょうが、飛び級があったり、逆に社会人経験をしてから大学に行く人も世界にはたくさんいます。フランスでは子どものパパとママが結婚しているとは限りません。ニュージーランドでは首相が産休を取り、赤ちゃん連れで国連総会に出席しました。

また先日「私は妻と一緒に・・・」という文章を読んで、てっきり筆者は男性だと思っていたら、同性婚をした女性だったということもありました(これは日本国内の例ですが、時代とともに変わる価値観や「常識」もありますね)。

一方で、自分がすでに持っているものが当たり前すぎて、貴重だと気付けないこともあります。

自分にとっては役に立たないガラクタが、誰かにとっては長い間、探し求めていたお宝だったとか、自分は呼吸をするくらい自然にしていることが、他の人にとっては何度チャレンジしてもうまくできない、そんなこともあり得ます。

今いる環境、すでに持っている能力、今まで経験してきたこと、それらを一度新しい目で見直してみましょう。

そんな思考の柔軟性をもったまま、世界に存在する多様な価値観、考え方、習慣を通して新しい選択肢を知ることができれば、今まで思いつかなかったようなアイディアが生まれたり、以前の自分には思いもよらなかったような決断もできるかもしれません。

もちろん必ずしも物理的に海外に行かなければいけないということではありません。

インターネットなどを通じて世界で起きていること、その背景となる価値観などを知ることは、現代では容易にできます。

しかし、その場に立って初めて感じ取れる情報は、媒体を通して得るものとは確かに違います。

選択肢があるから悩む余地もあった。

でも世界にはもっと、想像を超えるほどたくさんの選択肢=可能性がある。

その事実を知ることで、悩みが悩みではなくなり、もっと自由に自分の人生を生きることもできる。

そんなふうに、私は今、考えています。

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