ナチス強制収容所記録「夜と霧」が教えてくれること、そして「トランクの中の日本」の衝撃

学びの本

「夜と霧」ナチス強制収容所を生き抜いた精神科医による記録が教えてくれること

「夜と霧」ヴィクトール・E・フランクル

6年前の夏、2013年8月に私はヴィクトール・E・フランクルの「夜と霧」を読んだ。

この年からつけている読書ノートは、読んだ本に年頭から順に番号を振って、タイトルと読了日を書くだけの簡単なものだが、「夜と霧」の部分には、本から書き写した文章がたくさん書かれている。

本の中に引用されていたらしい、ニーチェの言葉も書き留められている。

なぜ生きるかを知っている者は

ほとんどあらゆる如何に生きるかに耐えるのだ

そして著者、ヴィクトール・E・フランクルの言葉。

人生から何を我々はまだ期待できるかが問題ではなく

むしろ人生が何を我々から期待しているかが問題である。

我々自身が問われたものとして

正しい行為によって応答しなければならない。

壮絶なナチス強制収容所で過ごすうち、著者は3つの段階を経験する。

  • 第1段階:収容ショック・恩赦妄想
  • 第2段階:比較的無感情・内的死滅の始まり
  • 第3段階:完全な内的弛緩・著しい離人症

期待と絶望、希望と無感情に翻弄されながら、どうして自分を見失わずに生きられたのか。

責任を意識した人間は、彼の生命を放棄することはできない。

極限に置かれながら、生き抜くために思考する。

―汝の体験せしことをこの世のいかなる力も奪い得ず―

天は意味なく苦悩と死を与えない。

体験したことは誰にも奪うことはできない。そしてどんな体験にも意味がある。

戦争を知らない日本人の私が言うのは気が引けるが、50代になった私にも実感できる言葉だ。

もう一度、読み返さなければと思う。

「トランクの中の日本―米従軍カメラマンの非公式記録」

ジョーオダネル氏が撮影した写真に見る戦争

夏はいつも、戦争のことを考えさせられる。2013年も、「夜と霧」の他にこの本を読んでいた。

ジョー・オダネル氏は、有名な「焼き場に立つ少年」の写真を撮ったカメラマンだ。
原爆投下後の長崎で、すでに亡くなった弟か妹と思われる幼子を背負い、その子を荼毘に付す順番を直立不動の姿勢で待つ少年の姿を、ご覧になったことがある方も多いだろう。

この本には、オダネル氏が撮影しながらも公開することが許されなかった写真が57点収められ、氏が体験した長崎の様子も記されている。

ここでは、詳しく書かない。ぜひ一度、手に取って、ご自分の目で見て、読んでほしい。

 

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