29年前の旅を綴ってみて感じたこと、そしてこれからのこと

1990年2ー3月ヨーロッパひとり旅

30年の時を超え 再び訪れるための助走

振り返り、調べ直し、再発見し、書くという作業

1990年の旅について、2018年12月から長々と古い話を書きました。

私自身は書く間にいくつも興味深い発見があり、没頭してしまうほどとても楽しい作業でした。

すっかり忘れていたことや、記憶が混乱している部分もあります。

手元にある記録やパンフレット、地図、現代の時刻表、インターネットの記事などを頼りに、ひとつひとつ探し出し、確認。未熟でおぼつかないながらも32日間の旅をなんとか書き終えました。

歴史の重みを再確認 記録と写真とGoogle検索を頼りに

旅の最初は、記録も比較的多めに残っていたので、ホテルの名前や住所まで確認できました。

Google mapを航空写真にして、ホテルの住所付近、または写真や記録にある辺りを眺めると、おぼろげではあるものの見覚えのある風景も見ることができます。

手元の記録に正確な場所や名称が書いてない部分では、写真を頼りに同じ風景や建築物を夢中で探しました。

すごい世の中になったものですね。Googleだけで世界旅行をした気分さえ味わえそうです。

特にフィレンツェやローマ、グラナダ、コルドバは、私の写真に残っている姿と、現在Googleで見られる様子がほとんど同じ。本当に驚き、また感動しました。

何十年、何百年、さらには千年二千年と、人々が大切に守り続けている街や建物、文化がある。

その事実に今更ながらに気付き、時の流れの壮大さと、そこに生き続ける人々に畏敬の念を抱かずにいられません。

そしてそんな変わらない歴史とは対極にある、目まぐるしい現代のテクノロジー、インターネットのおかげで世界と繋がれることを実感する出来事が、記事を書いている途中にありました。

ドイツからのメッセージ

日本人にも人気の高い、ドイツのロマンティック街道にある可愛いらしい街、ローテンブルク・オプデアタウバーRothenburg ob der Tauberには、中世犯罪博物館Mittelalterliches Kriminalmuseumというおどろおどろしい博物館があります。

ローテンブルクの記事を書いている時、そこで買ってきた絵葉書を記事に載せたいと思いました。

でも著作権はどうなっているのだろう。勝手にブログに載せていいものだろうか。いくらこんなちっぽけなブログとはいえ、その辺はきちんとしておくべきではないだろうか。

そう思った私は、博物館のHPから問い合わせをしてみることにしました。

しかし、お問い合わせフォームに入力後、送信ボタンを押しても、矢印がくるくる回るばかりで送信済みを確認する画面になりません。

しかたなくお問い合わせフォームは諦め、博物館のFacebookページにアクセス。

そこから

「29年前に買った絵葉書の画像をブログに掲載してもいいでしょうか」

とメッセージを送ってみました。

するとなんと1時間半ほどで

「もちろんどうぞお使いください!」

という丁寧なお返事が来たのです。

時差から考えて、ちょうどあちらが開館時間だったのも幸いしたのかもしれませんが、なんと素早い対応でしょう。

メッセージには

「よろしかったらあなたのブログのURLを教えてください」

ともありました。

「私のブログはまだまだbabyなので、シェアできるほどのものではなく、きっとガッカリなさるとは思いますが、どうぞご覧ください」

と恐縮しながらURLを送りました(後日Google Analyticsで見るとドイツから訪問者があったことがわかりました。ああ恥ずかしい)。

遠いドイツと日本とで、こんなに気軽に即座にやりとりができる。しかも特別に費用がかかるわけでもなく、キーボードを打っているだけで!

29年前、さんざん道に迷って途方に暮れていた自分が聞いたら、さぞ驚き、悔しがるだろうと思います。

再訪への思い 新たな可能性のある時代に

パソコンのモニタ上で見ているサイトのその先には、確かに人がいる。私の言葉に応えてくれる人が。

それはあの旅から生まれた新しい出会いとも言えます。

そんなことが簡単に起きてしまう不思議と驚き。

この出来事は、とても幸せな気分とワクワク感を私にくれました。

そして将来、もっとこのブログを成長させることができて、ヨーロッパへの再訪も叶ったら、改めてきちんとした紹介記事を書きたい、そうすることができるようにもっと頑張ろう。そう強く思いました。

そう。

私はヨーロッパを、あの駆け足で巡った土地を、もう一度訪れるために、古いアルバムや記録を掘り起こして、下手な写真を載せ拙い文章を綴ってきたのです。

もう一度同じルートを旅したい。

大学生だった自分が辿った道を、50代になって再び訪れた時、何を想うだろう。

画素数の少ない下手な写真に写っていた景色は、今はどう見えるのだろう。

時間もお金も最小限に限られていた当時の自分が、ゆっくり見ることができず通り過ぎてきた場所を、新たにもう一度しっかり見て回りたい。

それが今の私の願い、目標です。

未来の自分は、今の自分に何と言うだろう

29年も昔のことを書いたり、過去と現在を並べて何を思うのか書いてみたりしても、誰かの役に立つことはないかもしれない。

でも、ひょっとしてひょっとすると、誰かが何かを想うきっかけになってくれるのではないか、そんなことも少し思っています。

そうは言っても、この作業の大半はやはり自分自身のためです。

人生の残り時間はあとどのくらいあるだろう

人が生きる時間は100年が平均となると言われている時代です。

だとすると私はすでに半分を終えたことになります。

もう少し前の時代であったなら、人生の3分の2地点も過ぎているかもしれません。

私の父は63歳で亡くなりました。遺伝などから考えると、あるいは私には10年ほどしか残っていないかもしれません。

それよりずっと短い可能性も長い可能性もあります。

人生の残り時間は誰にもわからないのです。

元気に自分の脚で歩き回れる時間となると、もっと心もとなくなります。

毎日の生活の中で、ルーティン作業をし、やるべきことをやっているだけで、あっという間に1日は過ぎていきます。

ささやかで平凡な毎日を繰り返すのも、もちろん疑いなく幸せなことです。それがどれほど有難く貴重なことか、これまでの何十年かで私も身に染みて学んできました。

しかしそれだけでは、やはり、「生きる」ということには足りないようにも思います。

1年ほど前から、流されるように、あるいは何かに上から押さえつけられているように日々を過ごしているように私は感じていました。

そして言いようのない焦りも感じ始めたのです。

このままでは後悔する。動き出さなくてはと。

未来の自分は今の自分に何と言うだろう

1990年早春の旅の間、私はたくさんの人に出会い助けられ、無事に日本に帰ってくることができました。

道に迷って疲れ果てたり、自分の愚かさを悔しく思ったり、図太くなったり、名前も知らない人と笑い合ったり。

どれも私にとって大切な経験です。

そしてこの一連の記事を書いている間、写真の中で笑っている、まだ若い自分を見て、私は何度も思いました。

 

「あなたはこれから自分がどんな人生を歩むのか、まだ知らないのね」

 

実際、旅から戻って数か月で結婚し、1年後には母になっていたのですから、全く当時の自分の予想をはるかに超えていました。

でも今の私もまた、これから自分がどんな人生を迎えるのか、知りません。

 

何歳まで生きられるかもわかりませんが5年後10年後、あるいはその先の自分が今の自分を見たら、なんと言うだろう。

今現在でさえ「こんなはずではなかった」と思ってしまう瞬間があります。

しかし、では「どんなはずだったのか」それさえもはっきりと答えられないでいます。

この先どうなりたいのか、人生を終える時どんな人生だったと思いたいのか、それをもっと突き詰めて考えながら、このブログを書いていこうと思っています。

ここまで読んでくださったことに、心から感謝いたします。

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