ベルリンの壁を見る‐1990年ヨーロッパひとり旅 14 The Berlin Wall :Solo-travel to Europe in 1990

1990年2ー3月ヨーロッパひとり旅

※初めてご訪問くださった方へ
本稿に関するご案内をご確認ください。

 

ベルリン Berlin, Germany

(ここからは、旅日記から書き写したノートが終わっていて、細かい記録が残っていません。その代わりというのも変ですが、旅することにだんだん慣れて写真を撮る余裕が出てきたらしく、枚数が増えていきます。)

ベルリンの壁を見る ドイツ

ベルリンの次は、やはりハノーヴァーに行くつもりで列車の時刻表を見ると、ベルリンでは3時間半ほど過ごせるようだ。

ゆっくりはできないので、壁博物館 Museum Haus am Checkpoint Charileだけ見ようと決め1、地下鉄に乗った。

Museum Haus am Checkpoint Charlieの窓から見たベルリンの壁。

ここには、たくさんの人が壁を超えるために細工した様々な物―自動車やオルガンや家具などが、写真とともに展示されている。

-このソファの中身をこのように細工して、そこに女性が隠れ、壁を超える試みをしました。

 

-この男性はこのような方法で試みましたが、失敗に終わりました。

淡々と展示されている事柄の本当の意味を、私は理解できただろうか。

ひととおり見終わるあたりには、テレビが置かれており、ベルリンの壁崩壊の時のビデオを繰り返し流していた。

ビデオで映し出されている画面では、壁の上にたくさんの若者が立ち、手を振り上げている。

「私には分からない。理解しようとしても、本当に知ることはできない」

なぜか、とてもかなしかった。私の知らないことだけど、涙が出て、とても辛かった。

「私は、なんにも知らないんだ」

壁を削っている人が何人かいました。

 

ロビーへ戻って、絵葉書を買おうかと考えているところへ、日本語が聞えてきた。

「ねえ、ねえ、これ、どう思う?」

「えー、何それ?」

「ねえ、こっちの方がもっと怖そうだよ」

「ほんとだー!あ、これもいいね!」

三人組の女の子が、絵葉書を選んでいるのだった。

彼女たちも、やはり知らない。

知らないということにも気付いていないように見えた。

日本語を理解しない人にも、その楽しそうな様子は伝わるだろう。

静かな館内に、賑やかな声が響く。

彼女たちがそれぞれ何枚かの絵葉書を買って出て行くまでの時間が、私にはひどく長く感じられた。

道路中央の料金所のようなところがCheckpoint Charlie(国境検問所)。1990年2月末には車もすいすい通過していました。

 

再び、地下鉄に乗って駅へと戻る。車内は、静かで、暖かかった。

大通りにはカイザー・ヴィルヘルム記念教会 Kaiser Wilhelm Memorial Church/Kaiser-Wilhelm Gedächtniskircheが、戦禍を受けたままの姿で立っている。

ここまで行ったのに、中に入ることもなく外観を見ただけで、次の街に行ってしまった自分のうかつさを恨めしく思います。

 

なんだか、私、小さいなぁ。なんだか惨めだ。

しなければいけないことがたくさんあるように感じた。

旅の始めの1週間は、迷って泣いて過ごした。迷ったら人に訊くべきだということ、そして、あまり人を当てにしてはいけないということが、身に染みてわかった。

15 ハノーヴァー・ビュルツブルク へ続く)

 

 

タイトルとURLをコピーしました