ブルージュ‐1990年ヨーロッパひとり旅 8 Brugge :Solo-travel to Europe in 1990

1990年2ー3月ヨーロッパひとり旅

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可愛らしい町 ブルージュ(ブリュージュ)へ Bruges, Belgium

(グランプラスと小便小僧を見た後、私たちは、ブリュッセル中央駅に戻った)

ブリュッセルから列車でブリュージュへ日帰りの旅

彼女は、夜行列車が出るまでそこで時間をつぶすつもりらしく、私はブルージュBrugge/Brugesへ足を延ばす予定だった。

駅に着いてみると、ブルージュ行は14:21発があるという。

念のため近くにいたおじさんに訊いてみる。

「ブルージュ行は、あの電車でいいのですか?」

「そのとおり。私もブルージュへ行くんだ」

おじさんは英語で教えてくれた。

私はこのまま彼女と別れるのがなんとなく寂しくて、一緒に行かないかと誘ってみた。夜行の時間が決まっているから駄目だという。

でも、ブリュッセルからブルージュは片道1時間程度なので、夜行の出発時間から考えて、むこうに2時間半ほどいられることになる。

繰り返し誘うのも悪いなと思っていると、気が変わったのか、彼女も行ってみると言ってくれた。

よし、決まり!

ということで、さっきのおじさんの所へふたりで戻る。ブルージュまで一緒に行ってくれると言ったからだ。

着くまでの列車の中でおじさんは「ブルージュは良い所だ。自分はそこに住んでいる」と話してくれた。

大学で医学に関することを教えているというおじさんは、日本の学校教育について私たちに質問をした。

私はあまりよく聴き取れず、したがって答えられないので、彼女にバトンタッチする。

彼女はこの時も自分からは、なかなか話そうとしなかったが、ふたりの会話を聞きながら、私は自分の語学力の足りなさが恥ずかしく、悔しく、もどかしかった。

そのうちおじさんは本を読み始め、私たちは窓の外を見ながら、やれ羊がいたの、可愛い家があったのと騒いでいた。

それにしても私は、羊を実際に自分の目で見たのはあれが初めてではなかったろうか。

最初、もこもこした毛の塊を窓の外に認めて「?」。

それから「…羊?」

そして「えーっ、可愛い!!」

窓側にいた私は、「ねえ、羊!羊がいたよ!」と彼女をポンポン叩いて呼んでしまった。

羊ごとき何がそんなに嬉しいと言われればそれまでだが、私はかなり興奮してしまった。だって、可愛いんだよ、もこもこしてて…。

約1時間の列車の旅を楽しみ、ブルージュに到着。

おじさんは私たちのために時刻表で帰りの電車を確かめ、ホームの番号を教えてくれて、さらに駅前に出て町の中心までの道を教えてくれた。ありがたい。

絵本の中のような町ブリュージュ

ガイドブックによると、ブルージュの町は人口約12万人1で、運河のある、『北のベニス(ベネチア) Venice of the North』と呼ばれる美しい街並みとのこと。

しかし私の記憶の中では、運河よりむしろ、のどかな公園の芝生や木立、そして中世から残る建物がブルージュのイメージを形作っている。

駅前の広い道を渡り、左に曲がると広い公園が続く。

早春の陽の光の中で、老夫婦が散歩をしていたり、若い夫婦がベンチに座り、ベビーカーの中の赤ちゃんをあやしていたりする。

運河のほとりには(私はその時、ただの川だと思っていたのだが)あひるのような白い鳥たちが遊んでいて、その向こうに赤い屋根の可愛らしいレストランが見える。

私たちは、絵に描いたようなそののどかな風景に感動し、鳥たちと一緒に写真を撮ったりして、すっかりはしゃいでいた。

平日のこの時間に、どうして人々がこんなにのんびり過ごしているのだろうと疑問にも思ったが、それよりも羨ましさを感じ、こんなところでゆっくりと暮らしてみたいと思った。

しばらく歩き、商店街のようなところを通り抜けると、グランプラスと同じような古い建物に囲まれた広場-マルクト広場(Markt) に出た。中央は駐車場で、周りは郵便局、カフェ、土産物屋などになっている。

郵便局前の公衆電話で、国際電話をかけてみた。ヨーロッパに着いて2度目の電話だが、ベルギーでは初めてだ。

5ベルギーフラン(BF)と20BFの硬貨が使えるらしいが、その時持っていた小銭を全部使ったのに、あっという間に切れてしまった。やっぱり日本は遠いなぁ。

その後、私たちは早めの夕食を取ることにした。扉の所に「日本語のメニューあります」と日本語の貼り紙がしてある店に入ると、長身のウェイターが席へ案内してくれた。

まず出されたのは普通のメニューである。

しかし、彼が注文を取りに私たちのテーブルへ再度来た時、まだ決めかねているのを見て、頼む前に日本語のメニューを渡してくれた。

私は思わずにっこり笑ったが、彼女は「日本語のメニューだとぼったくられるんじゃないかな」と言う。日本人向け(?)の高い金額を提示されるのではと訝っているのだ。

確かに、さっきのメニューとこちらの日本語メニューは若干値段が違う。

「ほら、ぼったくられとるわ!」

もう、ぷんぷんである。

ギリシャでもタクシーに乗ろうとして法外な値段を吹っ掛けられたという彼女は、もうこの手のことは何度か経験済みらしい。

ちなみにそのギリシャの時は、頑として譲らなかったために、運転手が同情したような顔で、他の交通機関の乗り場を教えてくれたという。

ともあれ、食べるために入ったわけであるから、私たちはその日本語メニューを見て注文した。

私は、コーヒーとステーキ、スープ、それにチョコレートムースがセットになったものにした。お値段は455BF(約1956円)2

味の方はなかなかで、ステーキは特に美味しかった。肉類を口にしたのは、機内食以来である。

それになぜか、支払いは“ぼったくられた”値段ではなかった。ふたりとも大満足で店を出た。

マルクト広場を囲む建物は、夕陽に照らされ、ロマンティックな色に染まっている。

マルクト広場の西フランドル州庁舎(真ん中の白っぽい建物)。馬車で巡るツアー(1台800BF:所要時間30分)というのもありました。

広場に別れを告げ、もと来た道を戻る。

そろそろ急がなくては列車に乗り遅れてしまう。

彼女は、「私、ひとりで帰ってもいいよ。まだゆっくりしたいやろ?」と言ってくれたが、私もあまり遅くなって、暗い道をホテルへ戻るのは不安だ。

ふたりで公園を足早に歩いた。

私は振り返って、木立の向こうに尖った屋根の街並みが見える風景をカメラに収め、また駅へと急いだ。

再びブリュッセルへ

ふたりともユーレイルパスを持っていたので、切符を買う手間は省けたが、それでも駅前から走り通しでギリギリに間に合った。

発着番線を教えてもらっておいてよかったぁ。

それにしても、日本人の女の子ふたりが血相を変えて走っているのを、みんな振り返って見てたなぁ。

帰りの電車の中で、彼女は、

「誘ってくれてありがとう。良い思い出ができたわ。ひとりやったら絶対行かへんかったもんな。得した気分」

と言ってくれた。私も嬉しかった。

ほんの2時間半で、まだまだ見どころはたくさんあったようだけど3、とりあえず、あののどかな公園で幸せそうな人々を見られただけでも満足だった。

ただし、この町は、もう一度ゆっくり訪れてみたい場所の筆頭として、私の旅日記に残っている4

必ず、もう一度。

 

私は中央駅まで行くが、彼女はそのひとつ前の南駅で下車し、夜行列車に乗ることになっていた。握手をして私たちは別れた。

ホームの彼女に手を振りながら、最後まで名前を聞かなかったなと思った。

9 ブリュッセル2泊目 へ続く)

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