ブリュッセルで迷子-1990年ヨーロッパひとり旅 4 Lost in Brussels: Solo-travel to Europe in 1990

1990年2ー3月ヨーロッパひとり旅

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ベルギー ブリュッセル Brusseles, Belgium

ブリュッセルで道に迷って

この旅に出るまで、ベルギー Belgiumという国には、あまり馴染みがなかった。

小さい国という印象しかなく、あの小便小僧がブリュッセルに立っていることさえ、この旅行の計画を立てるまでろくに知らなかったほどだ。

しかし、この旅で出会った人や風景のおかげで、今も私にとって、最も印象の良い国の1つとして思い出に残っている。

ベルギーは小さな国である。面積約3万km2に約1000万人の人々が住んでいる1。通貨はベルギーフランで、補助単位はサンチームである。私が行ったときは、1USドルが約32ベルギーフラン(BF)2だった。ベルギーの公用語は、フランス語とオランダ語(フラマン語)である。

ブリュッセル南駅 Brussels Midi/Zuidに降り立った私は、なんとなく焦っていた。

バックパックを背負った日本人の女の子がいかにも勝手の分からない様子でうろうろぐずぐずしていたら、あっという間に悪い人に目をつけられてしまうと思っていたのだ。

この焦燥感は、このあと、新しい街にひとりで降り立つたびに私を襲い、日程の半分を消化したころにも消えなかった3

まず、両替をしなければいけない。

あいにく南駅のインフォメーションには係員がいなかった。

仕方がない。

近くの銀行を探そうと駅の外に出たが、いくぶん人通りの少ない埃っぽい街並みにひるんで、また駅の中に引っ込んでしまった。

しばらく駅の中を行ったり来たりしたあと、同じようにバックパックを背負ったふたり連れの男性を見つけ4、フランス語で「英語は話せるか」と話しかけた。「話せる」という返事を聞くと、私は荷物を肩から降ろし、とりあえず座った。

「まず…両替できる場所を教えてほしい」

ふたりのうち髭を生やした方が、周りの人に何か訊き、教えてくれた。

私は言われた通りの場所へ行き、両替を済ませた。

係の人は不愛想だし、両替率も悪かった。また彼らのところに戻り、

「グランプラス (Grand Place)への行き方を教えてほしいんだけど…」

今度はよくわからないと言う。

「そこに交番5があるから、そこで訊け」という返事だった。

交番にいたおまわりさんに「英語は話せるか」と訊くと、肩をすくめて首を振る。

困ったな。

しかし、すぐに「ちょっと待て」と言って(?)誰か奥にいる人を呼んでくれた。彼は英語も話せるらしい。

「グランプラスへ行きたいんだけど」

「トラム(路面電車)へ乗って行け」

そう言うと、切符をどこで買うか、いくらか、何番に乗るかを教えてくれた。

少し聞き取りにくかったが、彼を呼んでくれたおまわりさんは、私たちのやりとりを、満足そうにニコニコして聞いていた。

教えられた場所へ行って、切符(35BF6)を買う。

念のためと思って、グランプラスへ行くトラムの乗り場番号を訊くと、おじさんは不機嫌そうに窓口の横に貼ってある紙を指さす。3つの数字が書いてあるが、困ったことに交番で聞いたのと違う。迷ったけれど、おじさんの言う方に乗ることに決め、乗り場に行くと、10人くらいの人がトラムを待っていた。

視線を感じて居心地が悪い。間の悪さを誤魔化すように、そばの掲示板に貼ってあった路線図を見た。

「うん、大丈夫。グランプラスは、ここだから、この番号か、この番号に乗れば行けるはず…」

しばらく待つとトラムがやって来た。

やはり不安。

でも意を決して乗ってみる。

トラムの中は天井が低くて、わりあい暗い。犬を連れたおばさんや小さな男の子が珍しそうに、大きなカバンを背負った私を見ている。日本人は、このあたりにはあまり現れないのだろう。

とにかくグランプラスらしきところが見えたら降りなければならない。窓の外に注意し、降りるときのために、他の人の降り方もよく見ておかなければ。

トラムの車内には日本のバスのようにボタンがあって、次のストップで降りたいときはそれを押す。

すると、ボタンのところに(たぶん)「降りる人がいますよ」というメッセージが出る。

トラムが停車すると、ドアの横のボタンを押してドアを開け、人々は降りていく。

「確か4つ目か5つ目で降りるんだったよな」と思いつつ、私は窓の外を見ていたが、いつまで経ってもそれらしい感じがしてこない7

どうしよう。間違ったかな。だんだん自信がなくなり、不安になってくる。

…えい、降りちゃえ。

わけのわからない遠いところに連れて行かれるよりはと、私はとりあえずトラムを降りた。

降りたはいいが、ここはいったいどこだろう。

右も左もわからないし、街の中心という感じもまったくしない。

こういうときは、人に訊くのが一番だ。

ちょうど、交差点のガードレールに座ってイヤホンで音楽を聴きながら私を見ていた女の子と目が合った。

「ここはどこなの?」

地図を見せながら訪ねると、女の子はその地図をくるくる回して見ていたが、やっと地図からはみ出たところに指で丸を描いた。

「?・・・」

私はまったく見当違いのところに来てしまったらしい。

とにかく、街の中心、グランプラス近辺に行かなくては。まだ今夜の宿も決まっていないのに。女の子は英語はわからないというし、四苦八苦して問答しているところに、ベビーカーを押して煙草をくわえた(!)女性が通りかかった。

「どうかした?」彼女は英語も話せるらしい。

「グランプラスへ行きたいの」

「だったら、あそこのストップで、79番のトラム8に乗ればいいわ。そう、道路を渡ったそこのストップよ」

よかったぁ。今度は大丈夫だ。

ところが、待てど暮らせど、79番は来ない。

おかしいなぁ。

私がここに来たとき、待っていた人たちは、もうみんな、それぞれの番号に手を挙げ、乗って行ってしまったというのに。

そこで、ストップの看板をよく見ると、ここは79番は停まらないことになっているではないか。

えーーーっ?!どうしよう。

通行人は珍しそうに私を見る。車の中の人も、信号停止の間じゅう、じっとこっちを見ている。

ここはベルギーだもの。日本人なんてひとりも見当たらない。パリにはあんなにうじゃうじゃいたのに。

それに、この大きな荷物。

そのうえ、きっと私は、雨の中に捨てられた子犬より情けない顔をしていたに違いない。

だめだ、とにかく歩こう。

そう決心してもう一度地図をにらみ、むなしく歩いてみる。

余計に訳が分からなくなり、もう街並みが涙で歪んで見える。

こんなところで、私、どうなっちゃうんだろう。

今夜どこで寝ればいいの?

もう頭の中は、死ぬんじゃないかと思うくらいパニックだった。

(5 ブリュッセルの夜 へ続く)

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