デン・ハーグへ‐1990年ヨーロッパひとり旅 10 To Den Haag :Solo-travel to Europe in 1990

1990年2ー3月ヨーロッパひとり旅

※初めてご訪問くださった方へ
本稿に関するご案内をご確認ください。

ベルギーからオランダへ From Belgium to Netherlands

(旅の4日目)

まずは朝食とチェックアウト

2月24日。6時半前に起床。

緊張しているせいか、どうしても早く目が覚める。

身支度を整え、階下へ朝食を取りに降りた。

レストランでは、このホテルのオーナーらしいおじいさんが、傍らにシェパード犬を従えて、朝食を取っていた。

「Good morning」と挨拶をし、テーブルにつく。

ここもコンチネンタルブレックファストで、パンとコーヒーの朝食だ。

おじいさんに、ワンちゃんは雄?雌?と訊くと、雌だという。

私の後にも、何人か食事をしに降りてくる。目が合って「Good morning」と挨拶する。

人の好さそうな金髪のお姉さんや、髭を生やした男の人がいた。(あの髭の人が昨夜の鼻歌氏かな…)日本人は私だけだった。

食事を終え、部屋に戻って、荷物を持って出てくると、ドアのところで、隣のドアの鍵を開けている髭の男の人にまた会った。(あ、やっぱり…)

エレベーターで降りる時、スーツを着た恰幅のいい黒人のおじさんと、バックパックを背負った白人の男の人と一緒になった。

おじさんは私をしばらくじっと見て

「どこから来たの?」

と訊く。

「日本です」

と答えると、やっぱりと言うように満足そうにうなずいて笑った1

 

チェックアウトの時、私は初めてクレジットカードを使った。

もうホテル代を払えるだけのベルギーフランを持っていなかったし、これからすぐオランダへ行くのだから、両替するのはもったいない。

カードは、もしもの時のために作って行ったが、旅行中、あと3、4回使うことになった。やはり持っていると安心だし、場合によってはID代わりにもなるらしい。

でも乱用は禁物である。

旅に出る前にアルバイトしていた会社の課長代理が言っていた。

「旅の余韻が消えるか消えないかというところで、それを打ち砕くように何十万円という明細が来て焦った」

課長代理氏がイギリス、スイス、オーストリアに出張した時のお話である2。くわばら、くわばら…。

 

さて、デポジットを除いた675BF3をカードで支払って、チェックアウトを済ませ、私は通りに出た。

花屋さんが店先に花を並べている。笑顔で挨拶してくれたので、私もそれに答える。

9時頃の街は、まだそれほど人通りがない。

駅の近くで信号待ちをしていると、向こうから同じようにバックパックを担いだ日本人の男の子が歩いて来て立ち止まった。

「日本から来たんですか?」

「そうです」

日本人旅行者同士の会話はたいてい、こうして始まる。

彼はTくんといい、今日1日かけて、スイスのバーゼルへ行くのだという。

列車が出るまでお互いまだ2時間ほどある。

駅前の、昨日大阪の「彼女」と出会った辺りの土産物屋をいくつか見て、一緒に時間を潰した。

私の手元にはその時、308BF4が残っていた。オランダへ持って行っても仕方がないので5、列車の中で食べるためのお菓子や、絵葉書などを買った。

きりよく使い切ろうとする私を見て、Tくんはなぜかひどく心配している。

「もし何かあったらどうするの?俺、まだ持ってるからあげるよ」

「何かって、何があるの?もう電車に乗るだけじゃん」

「そうだけどさ…。なんか心配じゃない?」

「だいじょぶ、だいじょぶ」

不安顔のTくんをほとんど無視して、私は「おじさん、これちょうだい」と買い物をした。

ブリュッセル中央駅から一緒に列車に乗り、Tくんは北駅で降りて行った。

デン・ハーグに一目惚れ そして再び迷子

2時間ちょっとの列車の旅を終え、デン・ハーグ(Den Haag)駅に降り立った。

わりと広く、そして天井が高い。

見上げると「ようこそ、デン・ハーグへ」と電光掲示板に文字が見える。

まずはホテル探しだ6

ガイドブックに載っていたSAVIONというホテルを当たってみようと、駅前に出て驚いた。

一面、クロッカスである。

白、紫、黄色と色とりどりの花が咲いている。

それだけでもう、私はこの街が好きになってしまった。

クロッカスは早春に咲く花です。この花が咲いている時にDen Haagを訪れることができて、ラッキーだったと思います。

 

HOTEL SAVIONはPrinsestraat 86にあるという7

駅前で花屋さんを開いていた、もじゃもじゃ頭のちょっと怖い感じのお兄さんに

「Prinsestraatはどっち?」

と訊く。

何度か聞き返され、紙に書いたものを見せると「ああ、それならトラムに乗って…」と教えてくれる。

(ひえー!トラム!)

私はブリュッセルでの迷子事件を思い出して、せっかく説明してくれているのをほとんど聞かずに、歩いて行くことにした。

さんざん歩いてもやっぱり分からない。

体力と時間を思いっきり無駄遣いした後で、結局、駅のインフォメーションに頼ることにした。

オランダの案内所はVVVと書いて「フェーフェーフェー」と読む。

ガラスのドアを押して入ると、何人かの旅行者が、カウンター内のお姉さんたちと話している。

私は話し掛ける勇気が出なくて、絵葉書を見たりパンフレットを見たりぐずぐすしながら8、やっと「ホテルを探している」と言うことができた。

お姉さんは、ホテルのパンフレットをカウンターに広げ説明してくれた。

「まず、ここで探して申し込みをする時は、電話で空室を確認して、部屋が取れたら、デポジットとして3.50フローリン頂きます。いいですか?」

「はい」

「ではこのパンフレットを見てください。ここからこちらは街の中心。ここから下はビーチにあるホテルです。料金はシングルならここの欄を見てください。いくつか選んだら、私が電話します」

私は最初、’T CENTRUMという二つ星のホテルを選んだ。

お姉さんが電話をしてくれている間に、そのリストの5つ下にSAVIONという文字を見つけ、そこにも当たってみてくれるように頼んだ。

’T CENTRUMは空室なし、SAVIONはシングルは空いていないが、ダブルの部屋を77フローリン9でどうかという。

少し迷ったが、最初からそこへ行くつもりだったので、そこに決めた。

電話を切ると、今度は行き方を教えてくれた。

「表に出ると、トラムの乗り場があるから・・・」

(ひえー!またトラムだ)

「歩いて行きたいんだけど、どのくらいかかるかしら」

「歩いて?15分くらいかな」

大きな荷物を背負って、すでにさんざん歩いていた私はそこで「15分?」と言ったきり絶句してしまった。

「ほらね?だから、3番線のトラムに乗って、6番目のストップで降りるのよ。それから・・・」

もうお姉さんの説明を集中して聞く気力も失ってしまった。

地図をもらえばなんとかなるさ。

トラムに乗ってまた訳の分からないところに連れて行かれるよりマシだ。

デポジットの3.50フローリンを払い、絵葉書と切手(日本までの航空便が75セントだった)を2枚ずつ買ってVVVを出た。

 

ここで、オランダという国について、少しふれておこう。

国土面積は40800㎢10、九州とほぼ同じで、人口1442万人11だという。言葉はもちろんオランダ語。通貨はギルダーまたはフローリンと呼び12、補助単位はセントで、私が行った時は、140USドルのトラベラーズチェックを258.3フローリンと交換することができた。

だから、77Fのホテル代はだいたい6000円くらいで、シャワー・トイレと朝食がついて広いベッドだから、まあまあというところだ13

ホテルに着くまでに、案の定、またもや迷ってしまった14

やっとたどり着き、呼び鈴を押すと、恰幅のいい30歳くらいの男性が出てきた。

ホテル代はチェックアウトの時に払うことにして、鍵を受け取り部屋に行く。

階段を上って右側、2階の角の部屋だ。

部屋の前にポストのような靴箱のようなものがあり、「朝食はここに入れておきます」と男性が言う。

部屋に入ると、左手にトイレ、その奥にカーテンで仕切られてシャワーがある。右手にはテーブルと、上の方にテレビが備え付けられ、テーブルの上にはコーヒーメーカーと砂糖やミルクなどがカップと一緒に置いてあった。壁の二面が天井までの大きな窓で、レースのカーテンと分厚いカーテンが二重に掛かっていた15

さて、今日はもう、アムステルダムに行くには遅すぎる。

かといって、ホテルの部屋でぼーっとしているのももったいないので、貴重品を身に着け、また外に出ることにした。

(11 デンハーグの夜 へ続く)

タイトルとURLをコピーしました