ブリュッセルの夜‐1990年ヨーロッパひとり旅 5 Evening in Brussels :Solo-travel to Europe in 1990

1990年2ー3月ヨーロッパひとり旅

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ベルギー ブリュッセルにて Brussels, Belgium

迷子の私を救ってくれた天使、ダウエさん

(ブリュッセルの南駅からトラムに乗った私は、すっかり道に迷ってしまっていた。)

やっぱり、もう一度誰かに訊いてみよう。

そう思って辺りを見回していると、小さなリュックを背負った髭面で背の高い男の人が、年配の男性に道を訊いているのを見つけた。

あの人もきっと旅行者だ!

追いかけて

「英語を話しますか?」

と訊き、相手が元気よく

「Yes!」

と言ったところで、私はこらえきれず、文字通り泣きついてしまった。

「?!どうしたの?」

「グランプラスへ行きたくて、迷っちゃって、ホテルを探してて、日本から来たのぉ!」

もう自分でも何を言っているのかわからない。しかし、

「大丈夫?」

と言いながら、彼は根気よく私の話を聴いてくれた。

「この近くにカフェがあるから、そこへ行って話そう、OK?」

ひと息にわっと泣いて、やっと私は少し落ち着いた。

カフェに行く途中、彼はスタンドでワッフルを買い、

「ほれ、食べろ」

というように私にくれた。泣く子に飴をあてがうようなものだ。

そのワッフルの美味しかったことといったら!

カフェに着いてもまだ私はワッフルをほおばっていたが、あの美味しさは今でも忘れられない1

彼はコーヒーをふたつ注文して、ウェイトレスと親しげに話している(コーヒーには小さなクッキーがついていて、これもまた美味しかった!)。

聞くと、彼、ダウエさんは旅行者ではなく、ブリュッセルの住民だったのだ。私は、

「今日、パリから南駅について、道に迷ってしまった。今晩のホテルを探さなければならない。グランプラスに近いところがいいんだけど」

と伝え、ガイドブックで目星を付けた、いくつかのホテルを地図で示した。しかし、ダウエさんは、もっと安くていいところを知っているという。

「君の言うのより、半分か3分の1で泊まれるよ」

ちょっと心配になったが、ここは素直に紹介してもらうことにした。

それから、ダウエさんは、わざわざ地下鉄に乗って、北駅近くのホテルまで連れて行ってくれた。途中で、彼は何度か言った。

「もし、君がよければの話なんだけどね、僕のうちに来ない?君がよければ、だけど」

家には奥さんと、彼のガールフレンド(?)がいるという。聞き間違えたのかもしれないけど、妙な取り合わせだし、やはりどうしても、すんなり「そうします」とは言えなかった。

着いてみると、そこはホテルではなく、ユースホステルで、シングルはもう満室だった。

12人部屋にあと4人泊まれるという。

しかし実は私は、この旅行の間、なるべく荷物を減らすため、履くものと言えば下着以外は、今履いているジーンズしか持ってきていなかった。つまり、寝るときの格好は、人様にお見せできないというわけだ。

わがままにも私は、シングルじゃなければダメだと言って、そのユースは諦めた2

ユースを出たとき、ダウエさんはご機嫌ななめだった。

当然だろう。ただの通りすがりなのに、このわけのわからない日本人の女の子のために、ここまでしてやる謂れはない。

申し訳ないと思いながら、私は、シングルでなければならない理由を話した。

すると、ダウエさんははたと立ち止まって

「じゃあ、スウェットパンツを買えばいいよ。それを買っても、ちゃんとしたホテルのシングルに泊まるより安い。そうしよう!」

そしてもうひとりの天使、日本人女子大生Mさん

それでも私は、うんと言わず、ぐずぐす迷っていた。

彼はもうほとんど怒り始めていたのかもしれない。

ユースを出たあとは、ほとんど会話をしなくなっていた。明らかに、彼は不機嫌だ。

その時、交差点にさしかかり、横断歩道の向こうに日本人の女の子がひとり信号待ちをしているのが見えた。

ダウエさんはそっとその子を指さして、

「日本人の女の子がいるよ」

「そうね」

信号が変わると、彼はその子につかつかと歩み寄って訊いた。

「君、日本人?」

「はい」

と相手が答えるが早いか

「じゃあ、この子(と私を指さし)も日本人、君も日本人だから、あとはよろしく頼むよ」

そう言うと彼は自分の名前とアドレスを書き残して3、立ち去ってしまった。

よっぽどだったんだな…ごめんなさい。

彼女の宿は、さっきのユースで、友達とふたりでツインの部屋を借りているという。

私がいきさつを話すと、彼女Mさんは

「じゃあ、一緒にホテル探してあげる」

と言ってくれた。私はまたまたご好意に甘えることにし、付近のガイドブックに載っているホテルを2、3ヶ所あたって、やっとその晩のベッドを見つけることができた4

バストイレ付、朝食も合わせると1225ベルギーフラン。私の交換したレートでだいたい5500円から5700円といったところだ。

Mさんはユース派だったので、宿泊料金を聞くと「ひえーっ」と言ったまま黙ってしまった。

部屋にはテーブルとベッド、クローゼットなどがひととおり揃っていて、ロマンティックなランプ風の電灯がついていた。窓の外の灯りも同じようにオレンジ色がかっていて、なかなか素敵だった5

Mさんは、連れのYさんが戻ってくるかもしれないとユースに帰って行ったが、夕食を一緒に食べることにしていたので、また私がユースまで行くことになっていた。

重い荷物を置いて、貴重品だけを身に着け部屋を出る。

 

そのホテルは、ご夫婦で経営しているらしかった。

ご主人に出かけると言うと、遅くなるといけないからと表玄関のカギを渡してくれた。鍵の開け方を教えてもらって、やっと私は身軽になって外に飛び出した。

ところがまたもや私は迷ってしまったのだ。

ユースとホテルとは歩いて5分もしないところだったはずなのに、あるべきところにユースがない。

原因は、街に立っているいくつもの銅像だった。目印にしたつもりが、同じようなものがいくつもあるので、かえって迷ってしまったのである。

こんな感じの銅像が街のあちこちに立っているので、これを目印にして道を覚えておこうとすると、迷います…。

やっとのことでユースに着くと、私は1日分溜まっていた日本語(?)を思いっきりしゃべった。

さんざん呆れられたり笑われたりしたけど、ホッとした。

MさんとYさんはロンドンから入ってきたと言っていた。

Yさんはフランス語が話せるという。

その後、3人の予算と食欲を照らし合わせて、食事のできそうなところを探しに出かけた。

 

ベルギーには2つの言語、フランス語とオランダ語(フラマン語)が同居している。それも仲良くではないらしい。だから、ポスターもメニューも看板も、二通りの言葉で書かれている。

日本人の私には簡単には理解できないような感情がお互いの間にあるようだ(そういえばダウエさんと話しているときも、あまりに私の英語が拙いからか、「他に何語が話せるのか」と訊かれたっけ)。

ブリュッセルは夜が早い。

私たちが出掛けたのは7時半頃だったけれど、もう人通りもあまりなく、飲食店の中にも人は少なかった。

やっと見つけたお店は、奥に4つほど小さなテーブルがあり、手前ではジュースや簡単なスナックを売っている。

声を掛けると、愛嬌のあるお兄さんが出てきた。

食事はできるかと訊くと(聞いたのはYさん)、私たちをテーブルに案内し、メニューを渡してくれた。

私はラザニアとオレンジジュースを注文し、しめて220BFだった。注文したのもYさんで、私はひたすらそのフランス語に感心してしまった。

食事中、若い女性が店に入ってきた。お兄さんの友達らしい。

ふたりは店内のテレビをつけて歌番組を見始めた。私の知らないアーティストばかりだったが、お兄さんはお気に入りの曲が流れると一緒に歌ったりしている。

「きっと今これが流行ってるんだね」

食事を終えて店を出るとき、何か買っておこうと思い、私はジュースが欲しいんだけどと言った。

Yさんは

「ジュースは桃とアンズとオレンジがあるって」

とすらすら通訳してくれる。私ももっとまじめに勉強しておけばよかったなぁ。

この夜はこのままホテルに帰り、MさんYさんとも路上でお別れだ。

ふたりは

「ちゃんとホテルに帰れる?」

と心配してくれた。ホテルからあんなに近いユースに行くまでにも迷ってしまったんだから無理もない。が、なんとか帰り着くことはできた。

部屋に帰るとお風呂に入ったあとで、ベッドの上にバッグの中身を広げ、今日の反省と明日の計画をする。

今日1日はいったい何だったんだろう。迷って泣いてホテルを探しただけで終わってしまった。

こんなに遠くまでやってきて私は何をしているんだろう…。

でもなんとか無事に眠れそう。

それにしてもダウエさんには悪いことをしたなぁ。今頃、奥さんたちに「今日は参ったよ」なんて話しているかもしれない。

少し離れた大通りから車が行き交う音がする。今日は早く寝よう。

また明日、何が起こることか…。

6 ブリュッセル2軒目のホテル へ続く)

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