マリエン広場とダッハウ-1990年ヨーロッパひとり旅 17 Marienplatz and Dachau :Solo-travel to Europe in 1990

1990年2ー3月ヨーロッパひとり旅

※初めてご訪問くださった方へ
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1990年3月3日、旅の11日目 ドイツ

ミュンヘン Münchenのマリエン広場 Marienplatz

ミュンヘンでは、まずマリエン広場へ行った。

旧市庁舎や新市庁舎に囲まれた広場には、訪れる観光客も多い。

花屋さんがいくつか店を開いていて、見ているだけで楽しい。その中に水色のチューリップがあった。冷たい色だったがとても美しかった。

マリエンプラッツ(マリアの広場)にある高さ85mの新市庁舎(Munich’s New Town Hallは1867~1909年に建てられたというネオゴシック様式です。今から100年以上前に建てられたのに「新」なんですね。歴史を感じます。「旧市庁舎」も広場に面しています。

ここにも仕掛け時計があり、11時になると人形が動き出すので、みんなそれを見るために、この広場に集まってくる。

仕掛け時計Glockenspielは、11時、12時になると動きます(夏季は17時にも動くとか)。上下2段になっていて、順番に動きます(同時にではなく)。下から見ると小さな人形に見えますが、等身大なんですって(って、この写真では何が何だかわかりませんが)。

観光客は、上を見上げて、今か今かと待っている。

そんな観光客の間を縫って、ベビーカーを押した女性が迷惑そうに歩いて行く。

おまわりさんも何人か、人の間を縫って歩いている。

きっと、みんな上を見て気を取られているから、スリなどが多いんだろう。

11時になると人形の踊りが始まり、10分程度で仕掛け時計の動きが止まると、また人々は散っていく。

私も、ダッハウへ向かうために、マリエン広場の脇から地下鉄の駅へと降りて行った。

ダッハウ強制収容所 Konzentrationslager Dachau

ダッハウというのがどんなところであるか、知っている日本人はどれほどいるだろう。

(アウシュビッツと言えば、ほとんどの人が分かるのではないだろうか)

ユダヤ人強制収容所が、建物もほとんどそのままに残されている場所だ。

どの旅行書にも行き方があまり詳しく載っていなくて、行き着くまでに少し迷ってしまった。

駅でバスに乗り換える時、同じように迷っている日本人男子学生と出会った。

東京から来た、私と同年のMくんだった。口数の少ない人で、声を掛けたのも私からだった。

「あの…ダッハウの収容所跡に行きたいんですけど、行き方、ご存じですか?」

「ああ、僕も今わからなくて…。どうもこれは、少し遠いようですよ。ドイツ語は、わかりますか?」

「いいえ、ほとんどダメです」

「たぶんね、これが“収容所”という意味の単語だと思うんですよ。だから、こっちの方へ行って、バスに乗るんじゃないかなぁ」

案内板に導かれて、バスの停留所へ行く。バスは少し前に出たばかりで、しばらく待たなければならなかった。

「ひとりですか」と訊くと

「ああ、そうです。人と一緒にいると、なんだか自由でないような気がしてね。旅というのは、基本的にひとりでするものだと・・・」

「じゃあ、私もお邪魔かな」

「いや、いいですよ。今は待ち時間だし」

うつむき加減に話して、あまりこちらを見ない。

時々、下を向いたまま笑ったりはするものの、やはり私は歓迎されていないのだろうと思った。

彼は、ドイツを重点的に見て回っていて、ミュンヘンにももう3日ほどいるのだという。

バスが来る頃には、他にも何人か人が集まってきた。

収容所の敷地は広く、建物は低い四角形をしている。

周りは鉄条網の柵が敷かれ、植え込みもほとんどない。

道順にしたがって、ひとつひとつ建物を回る。

食堂。

眠るための場所。

トイレ。

教会。

ガス室。

火葬場。

最後に、いろいろな記録や写真を展示している建物に入る。

パンフレットが7、8種類はあっただろうか。日本語のものはなかった。

 

※2019年の筆者注:ダッハウを訪れた時、写真は撮らなかったようで、一枚も残っていません。また、旅日記を基にした原稿には、ここで見たものについてもう少し記述がありましたが、今、それを記事にする勇気がありません。旅日記原本が手元になく実際に見たという確証が持てないためと、そこで見たものの意味を自分がしっかり理解しているのかに自信がないためです。ただ、ここを見た後、ベルリンの壁博物館を見た時と同じように、「自分は何も知らないのだ」という沈鬱な無力感や不甲斐なさ、「何かすべきことがあるんじゃないだろうか」という空回りするような焦燥感、そして純粋な恐怖を感じたことは覚えています。

 

「どうも、お互い暗くなっちゃって・・・」

Mくんに言われて、私は我に返った。

「ああ・・・。ごめんなさい」

ミュンヘンに帰る列車の中で、彼が言った。

「オレ、毎晩行ってるビアホールがあるんだ。雰囲気が良くてね。今晩、一緒に行かない?」

「私、お酒、だめなんだ」

「飲めないの?・・・まあ、メシだけでもいいし。いろんな人がいて面白いよ」

「じゃあ、連れて行ってもらおうかな。でもまだ時間が早いから、少し付き合ってくれる?」

「いいよ。どこへ行くの?」

「行きたい美術館がふたつあったんだけど、そんなに時間がないから、レンバッハハウス美術館 Städtische Galerie im Lenbachhausの方だけでも」

この美術館には絵画だけでなく、オブジェもあり

「ゲージュツってよくわからん」

などと言いながら、それでも私は、カンディンスキーの作品がとても気に入った。

6時ごろになって、Mくんのいうビアホールへ行った。

18 ミュンヘンのビアホールにて へ続く)

 

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