パリの朝‐1990年ヨーロッパひとり旅 3 First morning in Paris :Solo-travel to Europe in 1990

1990年2ー3月ヨーロッパひとり旅

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パリの朝(1990年2月23日)

食堂での朝食

パリに着いて、最初の朝。

私は8時頃、目を覚まし、階下の食堂で朝食を取った。

いわゆるコンチネンタルブレックファスト。パンと紅茶(またはコーヒー)に、チーズという簡単な食事だ。パンに塗るジャムやバター、いろいろな種類のチーズ等が籠に盛られてテーブルの上にある。

私はコーヒーを頼み、そのままチェックアウトするつもりで持ってきた荷物を脇に置いて、テーブルについた。

団体客らしい何人かの人が食事を取っていて、日本人は私しかおらず、なんとなく落ち着かない。

私の後に、3人の金髪の女の子がやって来た。先にテーブルについていた人たちと仲良く英語で喋っている。私は余計に落ち着かない気分になった。

3人組のひとりが、きついオレンジ色の薄切りのチーズを手に取ると、ちょうど同じものを食べていた私に「おいしい?」と英語で訊いた。お世辞にもYesとは言えない味だったので、私は正直に自分の食べかけのチーズをつまみ首を振った。

女の子は、「じゃあ、やーめた」というようにチーズを籠に戻してしまった1

それから私は、一応フランス語で「コーヒーをもう一杯下さい」と食堂のおばさんに言った。一度では通じなくて言い直す。

3人の女の子は一瞬静かになって、私が何を言っているのか聞いていた。緊張するなぁ。

それから彼女たちは私より早く席を立ち、私はひとりでゆっくりとコーヒーを飲んだ。

さあ、これから動き出さなくては。頭の中は早くも身構えている。

ホテルをチェックアウトし駅へ

チェックアウトのためにカウンターに行くと、高校生くらいのたくさんの男女がスーツケースに腰を下ろして何かを待っている。

たぶんさっきの3人もこの団体のメンバーだろう。

カウンターのお姉さんは追加料金がないかチェックしてくれ、「大丈夫」と笑顔で言って、送り出してくれた。

通りでは、車を磨いている人がいる。

空気は少し肌寒い。緊張と寒さで、キュツと体が引き締まるようだ。

私は地下鉄のCorvisart駅へ向かって歩いた。

途中、信号待ちをしていると、ふたりの黒人女性に道を訊かれた。私は自分の持っている地図を広げ、現在地を示した。ふたりは地図をのぞき込み、左右に回して見ていたが、やがて「Thank you」と言って、行ってしまった。

そういえば、「いかにも旅行者とわかる日本人に道を尋ねてくる人は怪しいと思え」という話があったっけ2。彼女たちが行ってしまってから思い出してよかった。

パリ 北駅 Paris Gare du Nord

今日はこのままベルギーへ抜ける予定だったので、パリ12:11発ブリュッセル Brussels行の電車に乗るため、パリの北駅 Paris Gare du Nordへ行くつもりだった。

地下鉄の駅の窓口で「北駅へ行きたいが…」と言うと、ホームを教えてくれた。

「切符も欲しい」というと、お姉さんは、隣にいた男の人と話を続けながら、切符を渡してくれた3

北駅は大きな駅だ。

ブリュッセル行の電車は、いわゆる国鉄で、そのホームを探すだけでも、ひと苦労だった。

ホームがだいたい分かったところで、切符を買う代わりにユーレイルパスの使用開始のスタンプを押してもらわなければならない。

たくさん並ぶ窓口のうち、ひとつに見当をつけて、パスを見せる。

東洋系の顔立ちをしたお兄さんは、大きくうなづいて、

「切符はいらないから早く行け」

という身振りをする。私は、

「今日から使うから、手続きをしてほしい」

となんとか伝え、パスポートと一緒に渡した。

ヨーロッパの窓口はたいてい客と係員との手が触れ合わないような造りになっていた。つまり、窓口の下に受け皿のようなものがあって、それがスライドして金銭や切符の受け渡しをするようになっているのがほとんどだった。

これは、防犯対策らしく、こちらがいつまでも手を出していると、係員が引き寄せたとき、手を挟まれそうになって少し危ない4。未練があっても、手はさっさと引っ込めなくてはいけない。

「日本へ電話をかけなきゃ」パリの公衆電話

さて、無事に、あとは乗り込むだけという状態になって、私は家へ電話しなくてはと思った。

パリではカード電話が広く普及していて、北駅の中でもコインで掛けられる電話はあまり見当たらなかった5

そこで私は、1ヵ月後にパリに戻ってくることも考えあわせて、テレフォンカード(フランス語ではテレカルト Télécarte)を買うことにした。

駅のキオスクでも買えるという話だったので、スタンドのおじさんに訊いてみたが、ここにはないと素っ気ない。

近くにいた上品そうなおばあさんに

「Parlez-vous anglais?(英語は話せますか?)6

と訊くと

「Non」

申し訳なさそうに言う。

それでも話を聞こうとしてくれている様子なので、なんとか身振りを加えて、英語で

「電話を掛けたいが、カードはどこで買えるか?」

と訊いてみる。

そのうちおばあさんのお友達らしき2、3人の女性がやって来て、こちらの話を聞くより

「日本人かい?」

と逆に私に尋ねてきた。

「そうだ」

と答えると、

「そうか、ジャポネーズか」

「聞いたかい?この娘、ジャポネーズだってよ」

「ほお、ジャポネーズ!」

「そうそう、ジャポネーズと言えば…」

 

もうテレカルトの話はどこかへ行ってしまっている。誰も私の話など聞いていない。

しかし、おばあさんたちは、しっかり私の周りに人垣を作ってさかんに話をしている。

その垣根の向こうから、ひとりの中年女性が見かねたように

「どうかした?」

と訊いてくれた。この人は少し英語が分かるらしい。先ほどと同じように

「電話を掛けたいが…」

と訊くと、はじめ、彼女は電話の場所を訊いていると勘違いして、そこにあると指さした。

「いえ、まず、カードが欲しいんです」

すると彼女は、周りの人に何か訊き、私に向き直って「郵便局へ行け」と言う。

「郵便局はどこですか?」

そう尋ねると、また誰かに訊いて教えてくれた。

「ここをまっすぐ行って、左に曲がりなさい」

お互いにホッとして、私は彼女にお礼を言い、歩き出した。

しかし、ない。いくら歩いても郵便局が、見当たらない。

迷いに迷って、そこからさらに3、4人に道を尋ね、やっと私は“駅の外の”郵便局へたどり着いた。私は、駅の構内に郵便局があると勘違いして、ぐるぐると迷っていたのである。

やっと手に入れたフランスのテレホンカードは、日本のものよりずっと厚かった。

カードを手に入れたはいいが、今度は電話の掛け方がわからず、そばにいたビジネスマン風の紳士に

「パルレヴアングレ?」

と話しかけてみる。

彼は英語圏から来た人らしく、英語は話せるが公衆電話の掛け方は知らないと言った。

私が残念そうに

「Thank you」

と言うと、彼は日本語で

「ドイタシマシテ」

と答えた。意外な返事に私がにっこり笑うと、彼は間違えたと思ったのか、小さな声で

「アリガト」

と付け加えて赤くなった。こんなに紳士然として、アタッシェケースがサマになる、いかにもやり手という感じの男性でも、やはり外国語を使うときはおっかなびっくりというか自信がなかったりするんだなぁと思うと、なにか妙にホッとしてしまった。

 

ともかく試行錯誤の末、電話を掛けることに成功した。

電話に出たのは母だった。

「ああ、○○ちゃん?無事着いた?今、パリ?」

声が、ワンテンポ遅れて聞こえる。

矢継ぎ早に訊く母の声は、心なしかうわずっている。

私は、これからベルギーへ行くとだけ伝えてすぐに電話を切ってしまった。

それ以上話すと涙声になりそうだったからだ。

目にはとっくに涙が滲んでいたが、受話器を戻すと、涙がこぼれないように思い切り目を見開いて、列車の発車するホームへと戻った。

パリ北駅からブリュッセルへ

ジュースを買って乗り込むと、駅員のおじさんがにこにこしながら、

「コンニチハ」

と日本語であいさつしてくれた。私も

「コンニチハ」

と答えてから、

「ここは2等車?」

と英語で尋ねた。おじさんは、一瞬緊張した顔になったが、すぐに

「Oui」

と言って笑顔に戻った。

列車の中には、それほどたくさんの乗客はいなかった。

孫らしい4、5歳くらいの男の子を連れた女性に

「ブリュッセル行はこれでいい?」

と訊くと、

「Oui,私たちもブリュッセルへ行く」

と教えてくれた。

ヨーロッパの列車は、2等車でも乗り心地はじゅうぶんに良い。車内も広い。

禁煙席と喫煙席は同じ車両にあってもプラスティックの板で仕切ってあったりして、かなりはっきりと区別されている。

喫煙席はまさに煙草を吸う人のためのもので、煙もすさまじいほどだった7

それから2時間半の間8、私は窓の外ののどかな風景を楽しんだ。

牛が愛しむように草を食んでいたり、屋根が三角でいかにもヨーロッパといった感じの家並みが見える。

空には飛行機が輝きながら雲を作って飛んでいた。

来てよかったな。

日本を発ってから、初めて自分が旅をしていると実感したひとときだった。

国境付近に近づくと、列車の前と後ろから、それぞれふたり組の男性が歩いてきた。

片方は切符のチェック、片方はパスポートコントロールだった。

どちらがフランス人でどちらがベルギーの人かはわからなかったが、4人とも優しそうで、私にもにっこりと微笑んでくれた。

自分の生まれた国を遠く離れ、初めての体験の連続で私はずっと緊張していた。長い旅行の中で出会う人たちの温かい笑顔ほどホッとさせてくれたものはない。

4 ブリュッセルで迷子 へ続く)

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